日本橋魚河岸記念碑 江戸の台所 | 大江戸探訪 日本橋をめぐる

日本橋魚河岸記念碑 江戸の台所 | 大江戸探訪 日本橋をめぐる

江戸の台所でした
多くの市場が立ち並び
1日千両の取引があったとか
東京都中央卸売市場へと発展します

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日本橋魚河岸記念碑

案内板には次のように書かれています。日本橋から江戸橋にかけての日本橋川沿いには、幕府や江戸市中で消費される鮮魚や塩干魚を荷揚げする「魚河岸」がありました。ここで開かれた魚市は、江戸時代初期に佃島の漁師たちが将軍や諸大名へ調達した御膳御肴の残りを売り出したことに始まります。

特にこの日本橋川沿いに立った市場が大きいもので大いに賑わっていたようです。一日の取引が千両(江戸の貨幣価値…金座跡参照)に上ったということから、その大きさがうかがわれます。

震災前の日本橋魚河岸の様子

写真に見るように、江戸の頃も、日本橋川では平田舟を桟橋に横付けして、魚介類の取引を行なっていたのでしょう。江戸市中の胃袋を満たすことを想像すると、一日にどれだけの舟がここを行きかったのでしょうか。

ここ日本橋川の魚河岸も関東大震災後には築地に移り、後に今の東京都中央卸売市場へと発展していきます。

参考…江戸町衆料理

日本橋魚河岸記念碑(にほんはしうおがしきねんひ)

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