一石橋迷子しらせ石標 庶民の告知板 | 大江戸探訪 日本橋をめぐる

一石橋迷子しらせ石標 庶民の告知板 | 大江戸探訪 日本橋をめぐる

庶民の告知板でした
多くの人出があったことが想像できます
いつの時代も人が多いところには
迷子はつきもののようですね

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一石橋迷子しらせ石標

安政4年(1857年)に建てられた庶民の告知板です。柱の正面には「満よひ子の志るべ(まよいごのしるべ)」、右側には「志らする方(しらするかた)」、左側には「たづぬる方(たづぬるかた)」と文字が彫られています。

迷子や尋ね人がある人は、特徴(年齢,面体,格好,履物,衣類など)を書いた紙を貼り、それを見て思い当たりのある人が迷子や尋ね人を知らせたそうです。

こんな石標が建てられた所をみると、当時この辺りが多くの人出で賑わっていたことが想像でします。

それにしても情報伝達手段の発達している今から観ると、なんともまどろこしく感じますね。

一石橋

一石橋は日本橋川に架かる橋です。一石橋の東側には日本橋が架かっています。日本橋との間には西河岸橋が架かっていますが、この橋は明治に入って架けられた橋です。また、北には常盤橋が見えます。今は埋め立てられて見ることは出来ませんが、銭瓶橋、呉服橋も当時は一石橋から見ることができました。

一石橋迷子しらせ石標(いちこくばしまいごしらせせきひょう)

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